IJF2023年アブダビ世界ベテランズ柔道紀行
~世界に浸透 「自他共栄」の精神~

日本マスターズ柔道協会近畿支部
滋賀県柔連・北桐館 片桐清司

 令和5年10月30日から5日間、アラブ首長国連邦の首都アブダビで10年ぶり二回目の世界ベテランズ柔道が開催され世界各地より約千名が参加した。
 本家日本からは全柔連派遣の真喜志審判員とベテランズ担当鹿屋体大の中村先生が大奮闘されていたが、出場者は年齢・体重別競技に12 名、形競技ゼロと寂しい中、筆者はM9の部に参戦、76歳は最高齢だった。(M10の部無し)
 中東ではウクライナやイスラエルの動向が懸念された状況下、柔道の勝負以外の価値を味わう等貴重な体験ができたのでご紹介申し上げたい。

1 アブダビの国情

 10月29日関空発 23時55分のエディハド航空に、遠路熊本から出場の柔友田島六段と共に乗り込み、約10 時間のフライトで同日午後10時頃にアブダビ空港に到着(時差で時間が逆戻り)。飛行場の動く歩道をいくつも乗り継ぎ、降り立ったアブダビの街は超豪華な高層ビルが立ち並ぶ近代都市であったが、1971 年イギリスから独立した以前は全て砂漠であったらしい。空港では羽田から参戦の吉成会長と合流、ホテルまでタクシーで約30分間を夜の市内観光となった。UAE 建国の父シェイクサイードの命により建てられたという象徴的な真っ白い丸屋根のモスクがライトアップされているのを観て、ここは正に中東だ! と実感した。
 全柔連斡旋のホテルはまずまずながら、田島氏との相部屋は快適に三泊できた。
 ただ、COP28世界温暖化会議等開催予定の一流ホテルをはじめ、どこの飲食店でもトイレは冷たく四角い便座で全てウオッシュレットは無く、日本の贅沢な便座のありがたさを改めて感謝した。
 豚肉やアルコール飲料禁止という様に宗教と戒律を大切にするイスラム文化国で、早朝と夕方にはどこからともなくエキゾチックなコーランの音楽が流れ、思わず現下の戦争情勢が脳裏をよぎったものの終始その心配はなかった。
 なお、試合前夜に60歳以上の5名で結団と栄養会に出向いた「羊料理店」では、店の出入口に畳大の大統領の写真が掲げてあり、よく見れば街中どこの店でも同様に掲出されているという君主国家でもあった。


2 豪華な会場

 会場の「パリソルボンヌ大学アブダビ校」は大変立派。 更には 70%が女子学生で、選手に付くサポーターも皆が驚くほど美女揃いで士気が上がった。
 大会運営については前回同様、時間には無頓着で、前日の受付けでは長い行列にじっと耐えていたがほとんど動かず、「並ぶのをやめ、先に学食で昼食をとろう!」と提案した吉成会長の好判断と決断力には助けられた。
 なお、立派な大型モニタースクリーンがいくつも設置された試合会場で競技は大いに盛り上がったものの、最後の各階級決勝戦後、午後6時から予定の閉会式が終わったのは午後9時というのんびりさ加減でもあった。

3 世界の柔道を体感

 数ある国際競技の中でも、国際柔道連盟には201か国と群を抜いて多くの国が参加しており、今回も多数の入賞者を出したブラジルは200万人、フランス56万人、ドイツ 18万人等に比べて本家日本はわずか16万人の登録者。そして、今回日本からの出場者12名も少ない! との危機感を覚えたのは私だけではなかった。
 大会初日は60、65歳以上そして最高齢70歳以上の部が行われたが、会場の同大学二階観客席は超満員で、私の周りはブラジル、カザフスタン、オーストリア、イツ等の応援団の熱気で埋め尽くされていた。


4 日本選手団の成績

 日本選手団 12名全体では金メダル1、 銀メダル2 銅メダル2の計5個。大会初日の日本参加者は6名で、金メダルはM9-81kg級の吉成会長ただ一人。M9-66kg級は5名で総当たりとなり、2勝2敗で運よく頂いた片桐の銅メダル。 あとは、M9-73kg級の前回モロッコ大会銀メダリストの田島六段、今回の通訳や事務局でお世話になっている浅田六段のお二人はいずれも三位決定戦で僅差判定の末、悔しい借敗だった。
 今大会では病気療養中とは言え、前回モロッコ大会金メダリストの佐々木八段 (岩手)をはじめ日本ベテランズ強豪を脅かすほど全般的に組手は厳しく、技は多彩で、世界の柔道レベルは確実に上がっていると実感した。
 正に世界の柔道になったことを創設者嘉納師範は泉下でお喜びであろうか。

5 日本文化としての柔道

 先ず、礼法が気になった。外国人は基本の姿勢で踵がほとんど離れていること及び礼の状態で腰を折り戻すのが早すぎる(相手への敬意感じられない) 、更には腰を折らずに首だけを折り曲げピョコンと頭だけ下げる選手も多い。
 ここで気になるのが昨今隆盛となった日本の将棋棋士全般の著しく頭部を下げる礼。礼を武士道の作法とするなら「うなじは垂れない」で欲しいと願う。
 ちなみにわが道場の子供たちには、特に負けた時の「敗者の深礼」等、心を込めた正しい礼法を厳しく指導している。蛇足ながら、本年6月に長浜市で恒例の相撲合宿をした元横綱白鵬改め宮城野親方は、日本の「礼の文化」を相撲道を通じて世界に広めたいと強調していた。
 次に「マナー」。とりわけ相手に対する思いやりについては、日本人以上!と痛感した。私のカテゴリー最終相手のドイツ人フーバー・ウィリー氏は対戦後に私のいるサブ道場まで来て「君は今回最高齢の76歳。私は70歳になったばかりだ。」と、わざわざ敗者の慰めに来てくれた。これには更に一本取られたと思ったと同時に、日本人以上の思いやりに感謝と喜びを味わった。


6 高齢社会を生き抜くリハビリ柔道の力

 令和7年には三人に一人が65歳以上となる超高齢社会を迎える我が国において、ベテランズ柔道の果たす意義は益々大きく深い。
 前述の佐々木八段は手術後再発した身体にむち打って息子さんと共に参戦。しかも大会前の稽古中に肩を負傷したテーピング姿で、五人総当たりの激戦を見事な小内刈りで一勝するもメダルに届かなかった。それでも「闘病生活に役立った。」 と自認し納得しておられた姿は誠にご立派。
 かく言う私も、丁度2年前に受けた胃がん全摘手術の直後からリハビリとして柔道を再開した。手術直後には62kgしかなかった体重が65kg前後にしか戻らず、今年1月の日本マスターズには2階級下げて66kg以下級で主治医の同意を得て出場。そこで3位入賞した勢いで今回の世界アブダビ参戦を一念発起した。エントリーした以上は稽古が必要。そこで主治医からは「驚異的な回復力」とおだてられて、リハビリ柔道に励んでいた最中に中学生との乱取りで大腿を肉離れした。脚の腫れが引き、ようやく歩けるようになった段階で出場でき、正に「念ずれば通ず」であった。

7 柔道の普及発展と支援者の応援

 私が出場できたのは相撲等の武道を応援されている、滋賀近交運輸倉庫(株) 山田会長が「是非ともチャレンジしては!」と航空代支援等プッシュして頂いたおかげである。最近この会社は、ドライバーの働き方改革に工夫を凝らし「厚生労働省」表彰や滋賀県武道協会長表彰等を連続受賞され、正に企業の社会的責任を果たされている。
 わがマスターズ柔道協会の吉成会長は、ご自分の会社の仕事で柔道の普及発展に貢献すべく、この度、嘉納治五郎アニメ制作委員会を立ち上げ 「嘉納治五郎伝 柔の道」アニメを制作し、全世界に向けて2024年春から無償公開するとのこと。
 2024 年日本ベテランズ柔道大会申込書にも本アニメ紹介書が装入されており、子供のころ漫画で育った小生も直ちに協賛申込させて頂くと共に、この山田会長にもクラウドファンディングのご協力をお願いをしたところ、二つ返事でご了解いただいた。
 企業の社会貢献活動に働きかけるのも 「恩送り」と捉え、これも我々柔道家の使命と心得たい。
 なお、今回の2023年世界ベテランズ柔道アブダビ報告写真集を「自他共栄」と題して作成したのでご笑覧頂ければ幸甚です。