ブックタイトルmasters2018
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会報 <日本マスターズ柔道> 2018年1月9日13ダライ・ラマ14世と柔道・Ⅲ日本マスターズ協会 副会長西久保博信(神奈川) インドのデリー市から北へ526㎞、ダラムサラというヒマラヤ山脈の麓にある小さな街は世界中に名を知られている。何故ならば此処にダライ・ラマ14世と一万有余のチベット人が亡命生活を送っているからである。成田山新勝寺を筆頭にした宗教関係者以外でダライ・ラマ14世に表立った支援をした最初の日本人に綜合警備保障㈱の創立者、故村井順氏が挙げられる。一九七五年頃からダライ・ラマ14世が来日する度にドライバー付きの防弾警護車両を提供し、京都・奈良の寺社仏閣をご案内したり、滞在中のお世話をしたのだが、その際綜合警備保障㈱柔道部主将として法王の隋行員(セキュリティ)に柔道や護身術の手解きをしたのが、法王と私の御縁の始まりである。村井順氏が亡くなられた後、法王の御支援を引き継がれたのがテイケイ株式会社社長(現会長)高花豊氏で、一九八九年当時同社の教育担当役員だった私と、極真空手の師範(現清武会代表)西田幸夫氏に法王警護員に対する柔道・空手指導の機会を与えて下さった。これが一回目のダラムサラへの出向である。 二〇〇七年十一月十四日、十回目のダラムサラ行きに出発。今回の同行者は高橋秀明参段(現五段、明治大学政治経済学部四年)で、彼は全日本二部学生柔道大会団体・個人重量級優勝、東日本二部学生柔道大会団体・個人優勝(共に三連覇)、全国青年大会団体優勝・個人90㎏級二連覇等の輝かしい戦績を持っている。 成田を正午に発ち、インデラガンジー空港着十八時、日本とデリーは約三時間半の時差があるので十時間弱の飛行時間だ。過去九回のダラムサラ行きはデリーから十三時間は覚悟の車両移動であったが、今回初めてインド国内便でパンジャブ州アムリトサルまで飛び、翌十五日午前〇時三十分空港着、近くのホテルで仮眠、五時間の車両移動でダラムサラ入りを計画した。ところがこの便は出発が遅れ、翌十五日午前二時半頃の到着となり、出向かいのセーリン・ドルジェ氏と深夜ドライヴで朝七時ダラムサラ到着となった(インドの国内便は二度と利用するまい) 今回の宿舎「SNOW LION」で旅装を解き、午後一時昼食、二時から打合せ、警護員の勤務交代時間に合わせ、午前の部は十時~十一時三十分、午後の部は十五時~十六時三十分の一日二回、護身用具である警戒棒操法・格闘術は四日目の十九日午前午後各四十分、計八十分を充てることにした。 かくして第一日目の指導、「正面に礼、先生に礼、お互いに礼」発音はおかしくても日本語で号令を掛けさせる。ストレッチを主体にたっぷり準備体操、身体を動かした時軽い頭痛と息切れを感じるのは標高1400~1500mの高地であるからか?続いて手幅を広く、狭く、摺り上げの順で三種の腕立て伏せ、全員インド陸軍最精鋭チベット人部隊の選抜者だけに、基礎体力は申し分ない。前転、後転、開脚前転、開脚後転、エビ。伏臥前進をやって見せ、やらせる。 後受け身、横受け身を長座、中腰、立位とステップアップ、一日目にして前回り受け身(右のみ)を六動作に分解して指導した。手応えがあるので熱が入り、気がつけば予定時間を二十分もオーバー、時間超過を侘びて正座で終わりの礼、第一日目が終わる。 十六日、犬の遠吠えで目が覚める。時計を見ると午前四時三十分。インドでは牛の次に犬が大切にされているので、首輪のない犬が多数闊歩しているのだが、毎朝この遠吠えには悩まされた。この犬が声も出せずに一晩二~三匹食い殺される…、冬場には人里近くに降りて来るというヒマラヤ豹の話を思い出した。 七時三十分、バター茶、トゥッパ(?)、ゆで卵、チベット風パンの朝食。十時、本日から午前の稽古は固め技主体、午後は投げ技主体のメニューに基づき、袈裟固め、上四方固め、横四方固めの正しい抑え方、続いて逃れ方、締め括りは受取交代で三十秒間抑えきるか、逃げるかの攻防を行った。午前の稽古終了後食堂にて会食、ダラムサラ滞在中の昼食は総てお世話になった。 よくインドのカレーは辛いでしょう? と聞かれるがカレーそのものは辛くなく、チリソースその他の添え物が辛いのである。食後、寺院、法王邸の周りを一周、起伏のある散歩コースになっており世界各国の巡礼者と写真に納まったりして交歓した。 十五時から投技、十一月十六日は膝車、支釣込足、十七日は出足払、大外刈、十八日は大内刈、一本背負投、体落、二十日は指導した技の総括、乱取りを行った。総ての乱取りは、指導した技しか使えないこととした。 基礎体力があって教えた通りに実行する素直さと積極性を併せ持った受講生に恵まれ、誠に指導者冥利に尽きる六日間であった。午前の稽古終了時、法王警護員の総隊長テンジン・タクラ(ダライ・ラマ14世の長兄の息子)氏が「カター」と呼ばれる3m50㎝位の純絹の白布(チベット儀礼用)を二人の首に掛けてくれた。白の「カター」は誠心誠意、心からの敬意を表すとの事で嬉しかった。十一月二十日夕、ダラムサラ発デリー行き夜行バスに乗る私達を勤務シフトを代表して四人の警護員が見送りに来てくれた。夕闇の中で皆の気持ちですと「カター」を受けながら高橋君が涙声で「嬉しいですね!」と呟いた。老いも若きもこの感動は忘れまい。