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概要

masters2017

会報<日本マスターズ柔道>2017年1月31日29ていなかったようで、二年間は散々かわいがってもらいました。当時の私の心境は、入社することを喜び、送り出してくれた母、兄、友達の手前、帰るに帰れず、といったところでした。滋賀から名古屋までは、今なら新幹線で四十五分ほどですが、当時は、田舎物の私としては、遠いところに来たという思いで、泣くに泣けず、帰るに帰れず、こうなったからは柔道でもやるかと言うのが、正直な気持でした。今、六十二年前を振り返って、良くやってきたなあと感慨深い。初めは、早く黒帯になりたくて練習に向かうのですが、一年間は受身ばかりで、腐っていると、先生から、「今は受身ばかりと思うかもしれんが、年とったときに受身をやっていて良かったと思うときが必ず来るぞ、柔道は受身が基本である」といわれたものでした。現在、わたしも子供たちに当時先生の言われたのと同じ事を言っている。始めた時は、早く黒帯が欲しいと思っていたのが、今では七段になり、道場に顔を出すことも少なくなったが、二〇○三年に、世界マスターズに出場し、銀メダルを頂き、日本マスターズでは、十回出場の表彰も受け、今は、柔道をやっていて良かったと思えるようになった。現在、人の車で体調をくずされ、リハビリに専念しているが、いずれ又日本マスターズに出場できるように、元の体に戻そうと思っている。そのため、日本マスターズは年一回であるが、講道館には年十七回は通い、全国高段者大会にはあと三回は出場しようと、体のケアに専念している。マスターズで、東北から九州まで出場したのは、楽しい思い出である。マスターズのお陰で私の柔道人生は終わっていないと思っている。森本唯行先生、加藤勘十先生、岡田庫二郎先生、美濃岡先生、お元気で、道場でお会いできるのを楽しみにしています。左端が筆者日本マスターズ柔道大会によせて東京都橋本和佳私は現在、東京の丸の内柔道倶楽部に所属しています橋本和佳でございます。日本マスターズ柔道大会がこうして年を追うごとの大盛況の陰にはこれまで、歴代会長以下役員先生方の大変なお骨折りの賜物と存じます。私は本大会に四年前から三回出場し、今回負傷も有り今も稽古休業中ですが、お蔭様で三度目の金メダルを拝受できましたことに感謝を致します。これも偏に我が稽古場の当倶楽部での生涯柔道を旗印に八十台の先達を筆頭として平均年齢六十台のメンバーとの烈しくも和気あいあいとした週二回の稽古が出来るお蔭であります。多謝。又この先私が何年この生涯柔道を続行可能かは知れませんが、願わくば最後は畳の上で往生できましたら本望と考えます。マスターズ柔道について宮崎県山田雅弘締切日は十二月十五日まででしたが、昨日携帯に電話しましたように、イメージしていた原稿をお届け致します。今年は、宮崎県柔道連盟創立七十周年でした。記念式典・祝賀会は、平成二十八年十一月十三日午後五時開始。会場はホテルスカイタワーでした。当日、県内の柔道関係者が多数出席し、宮崎県武道協議会会長佐藤彦空様(空手道連盟会長)も来賓で出席されました。宮崎柔道連盟のマークは、「昨年の日本ベテランズ国際柔道大会(嬉野大会)時に急逝された岩田勝彦(八段)前理事長のデザインで、宮崎県のM(アルファベット)と柔道を通じて手を携えて欲しいと言うデザインです」と、矢野吉則宮崎県柔道連盟会長の説明がありました。また、片山俊之旭化成(株)旭陽柔道総務部長の参加の他、県内の柔道関係指導者が多数参加しました。表彰者は、戦後県内で最初に道場開きをした、淀南道場(現明道館道場)が代表で表彰状を受けとり、見原道生館長が謝辞を述べました。平成二十八年十一月二十七日(日)は、朝から二〇一六年宮崎県武道祭、第二十九回宮崎県武道振興演武大会が開催されました。(会場:KIRISHIMAツワブキ武道場、主催:宮崎県武道協議会)。演武の部は、演武開始の太鼓打ち(3・7・2拍子)に続き、十種類の武道が演武され、柔道は、弓道に続く